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みかん


お知らせしなくてはなりません。

6月17日の朝5時28分に、みかん🍊がママと娘に看取られ最後は眠るように逝きました。

14才と44日でした。私は出張中でしたがちょうどその頃に宿泊先で目を覚ました頃でした。
そして、6:00に娘からLINEで「苦しまずに逝ったよ・・」と。

去年の事、みかん🍊の瞳の色が赤い? よく見ると瞳の下半分だけが赤い。病院で診てもらうと片側の目玉の中、半分位まで血液が溜まってました。瞳の中なので生検したわけではないですが、先生曰くメラノーマの可能性が非常に高い。高齢なので手術は勧めません。進行が早いか寿命が尽きるのが早いかとの事。その時点で、ある程度の覚悟は出来てたつもりです。その後、散歩中に頻繁に躓く為、つま先がいつも汚れるようになっていました。足腰が弱ってきているのは、年齢的衰えなのか病が原因なのか、わからなかったですが、まだ食欲は旺盛だったので運動が少ない分、体重が13キロを超える位になっていました。亡くなる時は10キロを切っていましたが・・^^;

年が明けて目の方も元に戻り病気の方は悪いものではなかったのかと忘れかけていました。4月14日に全身の震えが出て、みかん🍊ママと娘が病院に連れて行き血液検査してもらうと腎臓の機能が低下で点滴と飲み薬を処方して貰いました。娘が管理栄養士と言う事で与える物、タイミング含めて説明してくれるので、気持ち的にも助かりました。その頃、みかん🍊ママは5月5日の誕生日を何とか迎えさせてあげると宣言していました。お祝いにせっせとドレスを縫い上げて。(^^)
彼女も娘も今思えば目標が必要だったのだと思います。
帰省は叶いませんでしたが無事、5月5日に14才の誕生日を迎え、夫婦で喜び合いました。(^^)

私自身はコロナ感染拡大防止の関係で4月上旬から5月末迄の、GW(みかんの誕生日も)含め2ヶ月近く帰省できなかったので、みかん🍊の誕生日を越えてからは、私が帰省するまでは何とか、みかん🍊には頑張ってもらうとママと娘はせっせと世話をしてくれてました。

その頃には、みかん🍊は鼻の中から出血することが続き、ちょうど5月28日に私が帰省した夜に、みかん🍊が不調になり、鼻からの出血も多く、貧血で口の中も白くなり夜遅くに病院に連れて止血の点鼻薬と貧血の為に、鉄剤、利尿薬を処方されました。結局、去年あの瞳にあっただろうメラノーマが鼻腔や口腔にもという事なんでしょう。次の日にも激しく昏倒したりと、好不調の波の大きさに右往左往という状態でした。

私が6月1日の朝、京都に戻る時は調子も良く、玄関まで娘と一緒にトコトコと歩いて見送りに出てくれて、これが最後になると思っていましたので、その時に、後髪は引かれながらも、みかん🍊とは、しっかりお別れしました。

そこから亡くなるまでの2週間、みかん🍊ママと娘が看てくれてましたが、幾度となくバタッと倒れ気を失うので目が離せない状態だったようです。16日の朝は調子よくご飯を食べてる動画を娘から送ってもらい好転していると思った数時間後に倒れ、そこからは起き上がれない状態が続きました。世話をする2人にとって、この2週間が大変だったと思います。

娘も毎日実家に戻りママと一緒にみかん🍊の側で寝ての介護でした。みかん🍊の様子は逐一知らせて貰っていました。そして最後も2人で看取ってくれました。

そして、逝った後は、みかん🍊ママと娘が、みかん🍊の身体を綺麗に手入れし、ドレスも花も食べ物も添えて葬儀、火葬へと送り出してくれました。

2人には感謝です。みかん🍊にも感謝しかありません。本当によく頑張ってくれました。


最後はこうやって必ず別れがやってきます。その最後が想像以上に悲しい。自分でもびっくりする位に感情が揺さぶられます。でも、よく考えたらそれの何倍も何十倍も何百倍かも知れない心豊かな時間をみかん🍊には、貰いました。本当にたくさん。それで家族皆んながどんなに助けられたか。(^^)

みかん🍊を可愛がって頂いた方、一緒に遊んで頂いたお友達、ご近所の方々、皆さんに感謝申し上げます。

このブログは少し思い出も含めて何度か更新するつもりですがその後は、そのまま閉じずに置いておきたいと思います。(^^)
こんな気まぐれ更新が過ぎたブログですが今となっては宝物です。(^^)